拝啓 時下益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。
児玉画廊|天王洲では4月21日(土)より6月2日(土)まで、大久保薫「温室」を下記の通り開催する運びとなりました。
大久保は常に「肉体」を絵画に表現してきました。しかし、あまりにそれは身近に過ぎる題材であり、それ故に絵画の原初から共にあると言っても過言ではないでしょう。それだけに、ただ描く、というだけでは許されざるテーマであることも自明です。大久保にとって「肉体」というテーマは、自身の体そのものを嫌が応にも意識せざるを得ないために、いかにして自分との距離を保ち対称化するか、そのためのあらゆる試行を続けて来ました。例えば、一作品に対して膨大な数の素描を繰り返し、反復と習熟によって「肉体」というモチーフに纏わりつく情念を取り去ろうという試みや、長い棒の先に結わえた絵筆でもってキャンバスとの距離を取りながら、震える筆先の不自由さに神経を尖らせることによって「肉体」から意識を遠ざけるような試み、またある時期には、モチーフとなる人物の前面にフェンスや植物のような視界を遮るものを重ねて描くことで、意図して「肉体」を直視をしない・させない(大久保にとっても鑑賞者にとっても、あるいは絵画の中の人物からの視線をも)フィルター掛けをするような構図の作品も描いています。
大久保が描く作品の大半が、一見フェティッシュで露骨な裸体、ショッキングなシチュエーションを描いていながら、決して妄執や偏執によってではなく、観察するような乾いた視線によって描かれているのだと思わせる特有の距離感を感じさせます。写実的な描写あるいは、生命や、官能といった「肉体」に息吹を求めるような直線的道程は取らず、「肉体」というモチーフに不可分なある種の生々しさがあることを痛いまでに理解していながらも自分の絵の中には持ち込みたくない、しかしその拒絶感があってなお「肉体」を描かずにはいられない、という葛藤を抱えた思慮の果てに大久保の作品はあるのです。
今回の新作及び直近の作品では、堂々とした体躯、示威的なポーズ、階級や社会的帰属・地位の高さなど、「肉体」そのものの表象ではなく、モチーフとなる人物に権威的な属性を与えることである種の強さを描こうとしています。大久保の求める強さとは、言うまでもなく「肉体」としての存在の強さを意味します。しかし、直接的な力強さを表すような、屈強な体や暴力的な描写があるのではなく、富や地位といった権力・権威を持つ者が、豊かな暮らしを思わせる健康で豊かな体を持ち、高い社会属性にふさわしい立ち居振る舞いによる高貴さを備えていること、それらは押し付けがましいエネルギーと暴力による物理的な力よりも、むしろ社会構造の中で恭順すべき力として一般的に強く刷り込まれた力のイメージであり、それを象徴的に描くことによって、力を持つ「肉体」の存在の強さへと結びつけているのです。これもまた、直接的な「肉体」の表現を避ける一つの試みとしてなされています。
加えて、制作上の手法として意識的に行っていることがあります。過去作においては、150号程度の大きな画面に、実寸大よりも大きな人物像を描くことによって、大きさに起因する威圧感のような強さの表現が見られましたが、より直接的な表現を遠ざけるようにしてきた経緯から、最近の制作では一度大きな作品として描いた後に、自分で抱えられる程度の大きさのキャンバスに改めて描き直す、ということをしています。曰く、「イメージに付いた情念は大きい画面で発散し、小さい画面に描き写す際に制御する」、そのために二度同じ絵を描くのです。以前、膨大なドローイングによって「肉体」への情念を捨て去った絵画を為そうとしていたことと同じ意味合いにおいて、今度は、ひとつの出来上がった「肉体」の表現を、小さな空間へと閉じ込めるようにして対象化しようという試みであるのです。いかに絵画内容がエモーショナルなものであったとしても、この意図的な二度手間を経ることによって、大久保にとって冷静に扱うことのできる「肉体」との程良い距離を保つことができるのです。この作家と「肉体」の距離を指して「温室」と展覧会を題してしているのです。自然ではなく、開かれた庭でもなく、「温室」という暖かで、安全な空間の中に扱い難い「肉体」というテーマを収めて、懐柔し、観察し、ようやく描き出された「肉体」の絵画であるのです。
つきましては本状をご覧の上展覧会をご高覧賜りますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。
作家名: | 大久保 薫 (Kaoru Okubo) |
展覧会名: | 温室 (Hothouse) |
会期: | 4月21日(土)より6月2日(土)まで |
営業時間: | 火曜日-木曜日および土曜日 11時‐18時 / 金曜日 11時-20時 / 日・月・祝休廊 |
オープニング: | 4月21日(土)18時より |
お問い合わせは下記まで
児玉画廊|天王洲
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