kodama Gallery
Hideyo Ohtsuki Horizons

Press Release

拝啓 時下益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。
 児玉画廊では10月8日(土)より11月5日(土)まで、大槻英世個展「Horizons」を下記の通り開催する運びとなりました。大槻はマスキングテープを「擬態」する絵画を一貫して制作しています。絵画の制作現場においては、絵の具同士がキャンバス上で混ざり合うのを防いだり、境界線を明瞭に描き分ける目的で多用されるマスキングテープですが、本来、その目的の後には廃棄されるものです。大槻の作品は、一見すると、画面上に残っているはずのない(残っていてはいけない)マスキングテープがベタベタと張り巡らされ、何らかの図形や文字を形作っているように見えます。しかしながらその実、全ては絵の具であり、絵画なのであって、その精度は「描かれている」ということに初見で気付く者は恐らくなく、さして面白みもないテープのコラージュ作品か、と見過ごされてしまうほどのリアルさです。
 マスキングテープを「擬態」するプロセスは次のようになります。まず実物のマスキングテープを使ってマスキングテープの幅の輪郭を形作り、その範囲内をマスキングテープに似せた色彩のアクリル絵の具でマスキングテープと同じ厚みまで丁寧に塗り重ね、最後に輪郭用のテープを剥がせば、そこにはマスキングテープの絵が現れます。説明を聞くだけでは誰にでもできそうにも思えますが、実際には気の遠くなるほどの高度な正確性と技量を求められる作業であり、一切筆触を残さぬ工業製品的な大槻の仕上げ技術があるからこそ、外見上はマスキングテープそのものになっているのです。テープ然とした浮き上がりや粘着ムラ、あるいは端がわざと捲れ上がるように固着されずに残されている様子など微細なこだわりは、徹底してテープの性質を描き切ろうという作家の執念を感じさせます。そして、描く対象物そのものを制作の道具として利用する絵画、という、絵画制作に対するアイロニカルなプロセスは、そのまま作家の絵画に対する批評的な姿勢としても受け止められます。大槻は、マスキングテープという素材をその道具的意味合いや、隠す、貼る/剥がすという性質から示唆される象徴的意味合いに着目し、それを敢えてモチーフとすることによって、絵画がいかに絵画であるのかを自覚するところにまず立脚せんとしているのです。
 まず、描くという行為について、大槻の作品ではその完璧とも言える塗りの仕上げと絵の具を物質として扱う意図的な見せ方において、絵画が「描かれたもの」であることを強く明言しています。大槻と同じようにモチーフのリアリティを追求する絵画、例えばハイパーリアリスムの作品などは現実そのもののように見えることを主眼としており、そこに物質を存在させようとはしていません。「描かれたものではない」ように限りなく装うことによって反語的に絵画の再現性の極致を表現している、というところでしょう。一方で大槻の作品は、仮に鑑賞者が画面に触れたとすれば、そこにはマスキングテープそのものの触感があり、厚みがあり、色も、粘着感も兼ね備えた物質として存在するように「描かれている」のであり、絵画でありながらも物質的強度を持つ、この感覚的な倒錯を指して作家は自らの作品を「擬態」と呼ぶのです。
 次に、作家が自らの作品を指して「切断」あるいは「接続」という言葉でしばしば語るように、マスキングテープが持っている性質を絵画の範疇で実際的に表現していくことが特色として挙げられます。貼ることによって何かを秘匿する:”masking=覆い隠す/偽装する”というマスキングテープの性質は、その結果として現れてくる境界、転じて「分断」を示唆します。例えば、破れた紙片を補修するのにテープは非常に有効であり、その性質を「分断を隠す」状態であると読み替えるなら、大槻の作品では「分断を隠す」状態ではなく、「分断を隠す」行為そのものを絵画として描出します。今回の個展にも類例が展示されますが、実際に裂いた紙片のその破れ目の上に、あたかも補修するかのように絵の具でテープを描いていくのです。その結果として、乾燥した絵の具は裂け目を綺麗に繋ぎ止め、それはまさにテープの働きそのものです。実際には絵の具で描いたテープであるにも関わらず、テープ留めの役割をも果たしていることによって、見た目だけでなく性質までも「擬態」した作品を、敢えてわざとらしく提示して見せるのです。
 さらに、「分断」についての解釈をより象徴的な意味合いに広げ、絵画そのものが本来的に備えている、外界と画布内の事象を切り分ける性質、つまりフレーム(絵の縁)の概念についての思考が見られます。大槻の作品には構図として景色を分断する何らかの線を想起させるものが多く、具体的には最初期から続けている電線が幾重にも連なって街の景色を縞模様に裂いていく景色を表したシリーズにそれは顕著に見られます。水平線と平行に描かれた、波打つような形状のテープの描写が重なり、まるで押し寄せる波のような、あるいはカーテンのドレープのような静かな構図、しかし力強い運動を内に秘めた「Sleep」という作品です。極めてマットに、光の全てを吸い込むような黒々とした背景に浮かぶ様々な幅のテープ(擬態による)の曲線が単調なリズムを水平方向に形成し、壁面に、特にギャラリーや美術館の白壁に対しては闇夜に窓を開くようにして忽然と存在します。色彩のコントラストによって際立った矩形が空間の床、壁、天井との関係性を強調し、あからさまにそこに絵画としてあることを主張すると同時に絵画の中だけで完結せずに、画面外と干渉していこうとする外向きの蠕動がテープの波形から感じられます。「絵画の中の線とフレームの直線が、外の様々な地(水)平線や直線、境界と重ね合わせられ、それをフレームの中へと響かせてみる」という大槻の自評にもあるように、大槻は、マスキングテープという素材そのものを、一つの線の象徴として捉えると同時に、境界を作り、断裂をつなぎとめる「分断」の象徴としてそれを空間と作品との関係性に当てはめていく、という試みがなされていると捉えることができます。
 今回の個展では、キャンバス上だけでなく、紙片や木片などを支持体とし、それらを破り、折り、そして修復するというアプローチの作品も展示されます。「Horizons」とは、絵画の外の事象と絵画の中の事象を地続きに繋ぎとめるためのこうした大槻のいくつもの試みを、折り重なる水平線に準えて表しているのです。つきましては、本状をご覧の上展覧会をご高覧賜りますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。



敬具
2016年10月
児玉画廊 小林 健



記:

作家名: 大槻英世 ( Hideyo Ohtsuki)
展覧会名: Horizons
会期: 10月8日(土)より11月5日(土)まで
営業時間: 11時-19時 日・月・祝休廊
オープニング: 10月8日(土)午後6時より


お問い合わせは下記まで

児玉画廊
〒108-0072 東京都港区白金3-1-15
T: 03-5449-1559 F: 03-5421-7002
e-mail: info@KodamaGallery.com 
URL: www.KodamaGallery.com


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