kodama Gallery
Ryusuke Ito All Things Consicered

Press Release

拝啓 時下益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。
 児玉画廊では1月16日(土)より2月6日(土)まで、糸川ゆりえ「眠る人と輪のある星の絵」を下記の通り開催する運びとなりました。
 児玉画廊においては、モデルルーム(青梅市)との共催展「人間になるための内転、外転」(児玉画廊|東京、2014年)、個展Kodama Gallery Project 47「白夜の家」(児玉画廊|京都、2015年)を経て、今回が糸川の東京における初個展となります。2014年武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程美術専攻油絵コースを修了、在学中より現在まで一貫して虚実の境目に立脚するような絵画制作を続けています。
 糸川の作品は、人物、星、家、ボートなど、特定のモチーフが繰り返し描かれています。そして、それらは、まるで夢で見るように虚ろな、どこか居処のなさげな様子に描かれています。大らかなストロークで描かれるそれらモチーフは、表情やディテールは省略されて朧なシルエットあるいは影、とでも評するべきもので、見る者の記憶に特定の印象をあえて残さないようにしているように思えます。例えば銀色を多用し、色彩に反射光を取り入れることで像が光の加減で揺らめくようにすることや、透明色の絵具や樹脂を併用することで下層の色彩や描写が柔らかく透過してやはり揺らぐような視覚効果を生んでいます。大胆で伸びのあるストロークや重層的な厚みのある絵具の重なりとは相反する、極めて静謐な、早朝の静けさのような空気感はこの絵具の使用法に大きく起因しています。
 その世界観の根拠ともなっている制作のプロセスとして、糸川は日常的な事象を虚実織り交ぜつつエッセイとして書き、言葉を紡ぐ中からイメージを構築し、絵画を構成していくという段階的な制作をしています。言葉にするという行為において糸川がしているのは、漠たるイメージに対する名付け行為と言えます。名付けることによって、事象に認識しうる形と意味を与え、ただ朦朧としていたイメージに輪郭を与えるのです。しかしながら、言葉として一度固定されたそれらは、色彩に置き換えられ、光を得た瞬間、つまり絵画になった瞬間にその固定化された輪郭を脱ぎ去り、名前を忘れ、影のように「ただ在る」ように変容されてしまうのです。作家のステートメントには次のようにあります。「それは無責任で自由で幸福だが、同時に輪郭線や模様といった記憶の名残が自分の名前を取り戻そうと追いかけてくる。そのせめぎ合いは絵の中で永遠に続く。」一度言葉にして与えられた形や意義は、糸川自身がそれをいかに捨て去ろうとしても完全に脱却することは難しく、また逆に漠然たるイメージを正しく言葉として思考し絵画として捉えていくことは果たして可能であるのか、糸川の作品に存在が抜け落ちていくような希薄さが感じられるのは、作家の思惟が何度もその両側を往復しつつ、深みへ深みへと彷徨いながら描いているからです。繰り返し描かれるモチーフは、その逡巡の象徴であり、そして標でもあります。
 中でも星は、糸川の作品において特にさりげなく差し込まれる要素でありながらも大きな役割を果たしています。糸川の作品で描かれる星は、闇に燦然と輝くのではなく、明るい色彩のなかに浮かび上がるようにして描かれ、まるで夜明けに消える少し前のような薄明を静かに湛えています。この朝でも夜でもない合間の時間を星によって表現していること、これは、儚さや浮遊するような作品の印象がキャンバスの表層に現れている透明性や銀色の反射や捉えどころのないモチーフの描き方によってだけではなく、より糸川の内面に近接した根源的な部分の表れでもあるのだということを示唆しています。「こちら側とむこう側の席のあいだに 透明のガラスが ひび割れた様に こどもの声がひびいてくる」これは、糸川が制作過程に書くエッセイの中に何気なく描かれた一場面ですが、この「こちら側とむこう側」の「あいだ」に意識を差し向けることこそ、糸川の制作において重要な点となっています。「あいだ」とは、凡そ二つの状態が考えられます。一つはどちらでもある状態、もう一つはどちらでもない状態。糸川が「あいだ」という領域において相反する二つの存在状態に意識的に身を置こうとすること、それによって、ありもしないことが現実のように、どうしようもなく現実的なものが曖昧なものに変容し、それが絵画として描かれていくのです。「せめぎ合い」と作家は表現しましたが、それは言わば存在と非存在の坩堝の中で、何もかもが確定しないでどちらつかずのままになることであり、だからこそ、糸川の作品は常にたゆたいながらも「ただ在る」、という特殊な状態で居続けられるのです。「...想像から湧く悠久な喜びは、星を知る者のみが知っている」と、かつて野尻抱影が書いたように、星はいつの世も万人の想像力に働きかけ多くの創作を促し、眠るように、まるで夢の中にいるように現実と夢想の「あいだ」を幾度となく巡る糸川もまた、例外なく自身のイマジネーションをそこに預けているのです。
 つきましては本状をご覧の上展覧会をご高覧賜りますよう何卒宜しくお願い申し上げます。



敬具
2015年11月
児玉画廊 小林 健



記:

作家名: 糸川ゆりえ (Yurie Itokawa)
展覧会名: 眠る人と輪のある星の絵
会期: 1月16日(土)より2月6日(土)まで
営業時間: 11時-19時 日・月・祝休廊
オープニング: 1月16日(土)午後6時より


お問い合わせは下記まで

児玉画廊|東京
〒108-0072 東京都港区白金3-1-15
T: 03-5449-1559 F: 03-5421-7002
e-mail: info@KodamaGallery.com 
URL: www.KodamaGallery.com


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