拝啓 時下益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。
児玉画廊|天王洲では4月20日(土)より6月1日(土)まで、石場文子「次元のあいだ」を下記の通り開催する運びとなりました。
何かを見間違うことは、日常生活の中でも往々にして起こります。それは、錯覚、思い込み、注意力の欠如、あるいは恐怖や快楽の感情など、認識をする側の様々な要因によって引き起こされます。逆に見間違われる側の観点で考えてみると、そこに認識する側の「前提」を崩してしまうような事態が発生しているからです。経験的に我々はどのようなものがどのような状況下にあるのか、おおよその予想を前提に事物と対峙しています。その想定外の状況に、突発的に遭遇した時、全く理解ができずにパニックに陥るか、あるいは経験上知っている似た可能性に当てはめて暫定的に認識します。この暫定的な認識が間違っているケースが、見間違いだと言えます。
石場は、作品の発表を主に写真を使って行います。しかしながら、一般的な認識における写真作品:対象物の美や真を写し取るアプローチとは異なります。むしろ偽を取り扱っているとさえ極言することも可能でしょう。鑑賞者を巧妙に、見間違いへと導くのです。児玉画廊での初出となったグループ展「ignore your perspective 41 次元が壊れて漂う物体」(2018年, 児玉画廊, 白金)においては「2と3のあいだ」や「輪郭2.5」と題した作品シリーズを発表し好評を博しましたが、それらはそのタイトルからも推察できる通り、二次元と三次元の間に鑑賞者を迷いこませる仕掛けを持った作品です。作品上には、玩具や道具、どうということのない日用品が、商品カタログの物撮り写真のように写し出されています。ただしどの写真も共通して、ある違和感を持っていることはすぐに分かります。下手な合成写真やコラージュのような、背景と物が馴染まない妙な違和感です。もう少し注意して見れば、現実にはあるはずのない黒くて太い輪郭線が被写体をぐるりと取り囲んでいます。二次元の世界ならともかく現実の世界において、物と物の間に境界はあっても境界線はありません。それが、真実に近いものを見せるという「前提」を持っている写真の中で、堂々と存在を主張しているのです。鑑賞者の「前提」はこの時点で否応なく崩され、もっとも自らの知る経験的に近い状態を模索することになります。写真のプリント面に線を描いた、あるいは、コラージュを撮影した、あるいは、そもそも絵画だった、あるいは…。恐らくは、精一杯挙げてみた候補の中の最も可能性の低い一つが、石場の行っていることです。現実の物に「直接」輪郭線を描いてから撮影しているのです。勘の良い人ならすぐに気づくかもしれませんが、三次元的なものに輪郭を描くをいうのは困難を極めます。なぜなら、先ほどまでは境界(線)を示していた場所が、視点をずらすとその都度また違う場所にずれていくからです。円形や、複雑な造形を持つもの:より三次元的特徴を誇示するものであればあるほど、その見せかけの輪郭線を探すことの難易度は上がっていきます。テクニックとして難しい、とはいえ、しかしただそれだけのことです。物体にそれらしく輪郭線を描いて写真に収める。それだけのこと、でありながら、ほぼ初見の誰しもが自らの目を疑います。
絵画の世界ではイリュージョンとも呼ばれ、虚に実を与える絵画のマジックとして常にその問題は議論の的となります。しかし、写真においては恐らく忘却されていた、あるいは、議論するまでもない問題として放棄されていたトピックでしょう。石場はそこに強制的な問いを差し込むのです。その問いは写真であるとか絵画であるとかのメディア論だけではなく、認識についての疑義へと広がりつつあります。
例えば、今春のVOCA展(上野の森美術館)にて奨励賞を受賞した「2と3、もしくはそれ以外(祖母の家)」は、視覚的な認識以外にもミスリードを重ねています。おそらく、作品を目にした人の大多数は、作家の祖母の不在性が作品に表れていることに気付かされ、それに起因する感情や、作家の極めてプライヴェートな人間関係を意識したはずです。しかしながら、作家はその被写体や作品内容ついては敢えて詳しい言及をしませんでした。作家にしか知らない真実を秘めておいて、鑑賞者にはその事実をこそ誤認して欲しいからです。そこには二重のミスリードがあります。輪郭線によって本来立体的なものが平面的に見えてしまう状況を写真というメディアで示すということ(2と3)、そして、作家以外に知り得ない被写体との関係線について半ば誘導尋問的に鑑賞者に妄想させるということ(それ以外)です。
今回の個展では、石場の輪郭線のミスリードによる新作を更なる見せ方のアップデートをしつつ発表致します。鑑賞者が作品を介して、謎解きのようにあらゆる可能性に興じるか、自らの認識を信じて他の可能性に蓋をするのか、それは鑑賞者に与えられた自由であり、またどのように認識が傾いたとしてもそれは作家の望むところです。極論、石場が真実を秘匿する限りは、いつまでも見間違いの溝を埋めることは不可能であり、どこまでお互いが勘違いし合えるかの駆け引きでもあります。石場が仕掛ける駆け引きの中で、写真というメディアが隠し持っている虚偽、あるいは、人間の認識の曖昧さや不確かさがボロボロと露呈していくことでしょう。つきましては、本状をご覧の上展覧会をご高覧賜りますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。
作家名: | 石場文子 (Ayako Ishiba) |
展覧会名: | 次元のあいだ / Between Dimensions |
会期: | 4月20日(土)より6月1日(土)まで |
営業時間: | 火曜日-木曜日および土曜日 11時‐18時 / 金曜日 11時-20時 / 日・月・祝休廊 |
オープニング: | 4月20日(木)18時より |
お問い合わせは下記まで
児玉画廊|天王洲
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