拝啓 時下益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。
児玉画廊|京都では2月18日より3月24日まで久保ガエタン個展「Madness, Civilisation and I」を下記の通り開催する運びとなりました。
久保は、人が生活する上で暗黙の了解として共有している社会常識やスタンダードと目されている技術、学術といったものに相容れず、「狂気」あるいは「オカルト」として排除されてきたマイノリティの思想や行為を題材とした作品を制作しています。
万有引力や地動説も当初は奇説であると蔑まれたように、文化的/歴史的な背景から飛躍した思想や発見は実証なくしては社会的に受容されません。地域、文化的な特殊性があるにせよ学問の正統、国家権力、宗教的見地などの社会的に大きな力を基準としてその正否が判断されるのは、現代においても同様です。そして権力や学問の変遷に従って「狂気」の在り方もまたいつの間にか変遷し、それらの権威が、何をもって「狂気」であるとし、何をもって正しいと判断しているのか、その判断基準を人々が盲信してしまう危険性は、常に世の中に潜んでいます。ひょっとして気付かぬ間に自分も「狂気」として分類されてしまうかも知れないという不安、すなわち「狂気」や「オカルト」だと思っていた事が社会常識的に認められていけば、過去の自分の判断が逆に狂気的なものにすり変わってしまうという可能性に対して、久保は、異端的なもの(Madness)、権力的なもの(Civilisation)、そして自己(I)、という三態をモデルとした関係性を考察し、誰しもが正常であると信じている自己と「狂気」とが実は隣り合わせにある、というリアリティを示すための演習として作品を提示し警告を発します。
現在制作している作品シリーズ「Transmission」においては、その久保の独特の観点から、文明社会の象徴としての家電製品や音響機器など身近なテクノロジーに「狂気」と「オカルト」にまつわる逸話を重ね合わせます。目に見えない何らかの力が作品を媒介として振動や周波に変換されてこちらに作用を向けている(Transmissionの)ような、得体の知れない不気味な雰囲気を醸し出す装置のシリーズで、これまで「Sky Science Laboratory」「家電のポルターガイスト」「Inverse Panopticon」というインスタレーションを3作品発表していますが、児玉画廊での初個展となる本展では「Inverse Panopticon」及び、新作「Briareo」他を展示、発表致します。
「Inverse Panopticon」は、ミシェル・フーコーによって社会における大衆と権力の関係性の例えとして引用されたジェレミ・ベンサムによる監獄システム「パノプティコン」(中心にある監視塔に対し全ての房の間口が向けられており、看守は一瞥で全囚人を監視することができる放射状の監獄)の構造、周波で地震を発生させるといった奇説や交流電流で有名なニコラ・テスラによるオカルト的な大規模通信装置のアイデア「世界システム」などのいくつかのエピソードから連想された、放射形状と低周波によるインスタレーションです。作品内部の装置から唸るように発せられる正弦波音が音程をどんどん落として、次第に低周波音、超低周波音へと変化し耳では認知できなくなるのと反比例して強度を増していく低周波数振動が作品の構造体を共振させ、見る者の体にまでもビリビリ-ガタガタと振動が伝達します。
新作「Briareo」(ドン・キホーテが風車を巨人と思い込んで立ち向かうという有名なエピソードで出てくるギリシャ神話の100の腕と50の頭を持つ巨人の名)では、巷に流布している反風力発電論が原発推進派の陰謀なのではないかという仮説から着想を得ています。風力発電に対してクリーンかつ充分に需要を賄うエネルギー供給策であるとするポジティブなイメージと、それに相反して低周波振動の公害源あるいは自然任せの非効率なシステムとしてのネガティブなイメージが対立し、一体どちらの主張が正しいのか、一個人レベルでは確証を得られないがゆえに、憶測が暴走して陰謀論や荒唐無稽な「オカルト」へと結びついていく事例として、久保は関心を持っています。作品本体は3メートル径ほどの巨大なプロペラをモーターに取り付けて風車に見立て、羽が風を切る音と回転の摩擦音が風車の振動公害と同様の仕組みで騒音と振動を発しています。
その他の既作「Sky Science Laboratory」では雨乞い儀式の現代への再生、「家電のポルターガイスト」ではその名の通りポルターガイストを題材として音や振動など視覚では認識出来ない現象を発生させるシステムですが、それら一連の自作について「見えないエネルギーが襲ってくることの象徴」と久保が言うように、作品を前に、その不気味な振動と思いがけない装置の挙動でまさに未知のエネルギーに晒されているかのような戦慄を覚えますが、ふと客観視すれば加速のピークとその後の失速がなんとも馬鹿げた空虚なもののよう思え、「狂気」だ「オカルト」だと久保が大仰に吹聴することにまんまと乗せられてその気になった自分が滑稽にすら思えます。しかし、そのようにして「狂気」と自己のすり替えが知らず知らずに行われているのだとしたら、、、と思考はぐるぐると巡ります。
「狂気」とは一個人のイマジネーションが一方向に対して極度に振り切れた状態であると言えるでしょう。久保の例えを借りるなら、有名なシュヴァルの理想宮を見て、そこに「狂気」を感じずにはいられません。しかし同時に底知れぬエネルギーと無尽蔵のイマジネーションには賛嘆せざるを得ない、そういった人智を超越したものを生み出す原動力であることは確かです。社会常識と呼ばれるものに対して益であるか不益であるか、あるいは道義的であるか否か、その点における判断とは別に、文明の発展途上のあらゆる局面で「狂気」が新たな道を切り開いてきたのかもしれません。とすると、一体「狂気」とは、「オカルト」とは?
つきましては本状をご覧のうえ、展覧会をご高覧、ご宣伝を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
敬具
2012年2月
児玉画廊 小林 健
記:
作家名: |
久保ガエタン (Gaetan Kubo) |
展覧会名: |
Madness, Civilisation and I |
会期: |
2月18日(土)より3月24日(土)まで |
営業時間: |
11時〜19時 日・月休廊 |
オープニング: |
2月18日 18時より |
同時開催: Kodama Gallery Project 30 盛井咲良「パーティーナイト・オン・ザ・ロック」
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